平成三十年北海道胆振東部地震について
※このブログは北海道札幌市に住んでいる自分が体験したことをあくまでも主観として残すものです。
2018年9月6日午前3時8分突然家が揺れだして目が覚めた。緊急地震速報は机の上とベッドに置いてあったアイフォンや別の部屋にある両親の携帯からも鳴り出した。
グワングワンに揺れる家、グワッシャーン、バチーンという音。
飛び起きて机の上の眼鏡を取りに行き掛け、アイフォンを持って部屋を飛び出した。
この時アイフォンのディスプレイには緊急地震速報の通知があり、その下に北海道で震度6強の地震があったというyahoojapanの通知もあった。
部屋のものは崩れ落ちてきて部屋のドアも動いていた。
向の部屋の両親の部屋に行き、互いに大地震であることを認識した。
揺れはさほど時間もたたずに治まったが、自分の部屋は鏡が落ちて割れ(グワッシャーンの正体)、棚にあったももクロのCDやカレンダー、ペンケース、小物入れに使っている箱、扇風機などが散乱していた。
この大きさにこの音、母親は近くに住む自分の両親の寝室を思い浮かべた。
「寝室の衣装ケース、棚が倒れているに違いない。どうしよう。行こう
。」こう言っていました。
なので自分は祖母の携帯に電話を掛けた。(この時すでに停電していた。)
祖母はすぐに電話には出なかった。
自分は一抹の不安を覚えながらも大丈夫に違いないと信じかけ続けた。
ようやく繋がった。
自分「もしもし、二人とも無事かい?」
祖母「もしもし?二人とも無事だよ。」
自分「寝室の棚は大丈夫かい?今どこにいる?」
祖母「棚は倒れてこなかったよ。今は居間に二人でいるよ。」
自分「分かった。これから母親とそっちに行くから、安全確認と最低限の逃げる準備しておいて。ドア開けておいてね。」
上記のような会話をした。
父親は少し遠くに住む母親に電話をかけ始めました。
こちらもどうやら無事が確認できたようだ。
パニックになっている母親に自分は祖父母が無事であることを伝え、二人で準備して祖父母の家に向かった。
道中は信号機すらついていない真っ暗。
母親と自分は懐中電灯とスマホの懐中電灯機能を用いて歩いた。
途中の交差点では車が来たので懐中電灯で明かりを照らし、減速してもらい渡った。
そして祖父母の家につき、二人の無事を確認した後諸々の伝達をして母親とともに、懐中電灯や500mlのペットボトル飲料やポカリ、電池などを求めに近くのコンビニへ向かった。
コンビニには同様の考えをしている人たちが多数いたが、懐中電灯と電池以外は割と手に入った。(この時、パンは買ったがレトルト製品、即席めん等を買わずのちに後悔する。)
このコンビニでは停電しているにもかかわらず、なぜかレジが動いていた。なので様々な電子決済音が聞こえた。(この後、これらの音を聞くことはなくなった。)
買い物を終えた我々は一旦、祖父母の家に帰り購入品の一部を置いて自宅へ帰った。